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№18 合格や不合格体験記H   [合格体験記]

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早稲田大学 国際教養学部  
勉強量は自分を裏切らない

 私の高校3年生はあっけなく終わった。2月、英検準1級になんとか合格し、早稲田大学の国際教養学部に不合格だった。もちろん、受験料も高く、自分がやりたいことが出来るのがこの学部だったので、他の大学は受けなかった。この日から、浪人生活が始まった。

 私がこの学部を志望したのは3つの理由からだった。まず、留学が出来る点だ。この学部は日本人学生に対して1年間の留学を必須としている。したがって、留学中の単位を読み替えてくれ、4年で卒業できる。次に、英語で教養を深めるリベラルアーツを軸としたカリキュラムを持っている点だ。英語を学ぶのではなく、英語で勉強できる。単に英語が好きなのではなく、英語を使って何かをやりたいと考えていた私には、魅力的だった。また、入学当初から専攻を決めず、徐々に自分の専門分野を深めていくことが出来るというのも気に入った。

 最後に、大学が東京にあるという点だ。私は英語に加えて、別の言語も大学在学中に取得すると決めていた。国連公用語でもあり、かつてフランスの植民地だったアフリカでも使われているフランス語を勉強したいと考えていた。外国語学校ではなく、フランス語に特化した学校で一番知られているのがアリアンス・フランセーズだ。札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、徳島の6ヶ所にしかない。また、フランス大使館文化部や日仏学院となると東京、横浜、京都、福岡に限られる。したがって、大学外の活動を考えると、東京が一番適しているように思った。

 私の受験勉強は、まず自分は何が欠かせないか、ということだった。だから、受験を単に「大学に入るため」と考えて、小手先のテクニックを学ぶのではなく、入学した後にも使える力を身につけるための1年間にしようと決めた。

 まずは、受験機会を増やそうと国内AO入試も受けてみようと思った。一般入試の英語にさえ、レベルの高さにショックを受けた。高校まで英語は得意だったので、落ち込んだ。しかし、英語で授業を受けるとなると、ある程度のレベルは必要なのだと思った。AO入試となると、それ以上であることは分かっていた。少ない情報を集めて、TOEFL-ibtの点数が鍵になると思った。

 TOEFLは英語を母国語としていない人がアメリカやカナダの大学を受けるときに、英語力を提示するために必要なもの。留学を必須としている学部ならでは、と思った。私はまだアメリカの大学の学部入学に最低限必要な点数さえ持っていなかったので、TOEFLの点数を上げる勉強から始めた。同時進行で、AO入試の志願票に英語の資格やスコアを書く欄があったので、埋められるだけ埋めようと、英検1級とTOEICの勉強も同時進行で行った。

 TOEFLはコツコツ勉強を始めるとコツが分かり、一気に10点上がった。AO入試書類提出に間に合う8月まで受け続け、最終的には100点(120点中)をマークすることができた。

 TOEFLはほぼ毎月行われる試験だが、英検は年3回。提出書類に書くためには、6月の試験で受かっておかなくてはならない。単語力が足りないことは自覚していたので、単熟語のCDを買って、毎日CD1枚ずつを聞くということを繰り返していた。読解は、週刊の英字新聞を読んでいた。その結果、いつもは自信がなかった大問1の単熟語では、かなりの高得点を取って合格することができた。

 TOEICも一応受けておいた。TOEIC対策の本を買ってきて、勉強した。受験料も高いので、これは1度5月に受けたのみ。目標の900点を超えることができたので良かった。結果は、915点。

 そして、夏休みにはいよいよ具体的なAO入試の対策を始めた。AO入試では、受験提出書類(高校でやってきたこと、英検の資格・スコア)と志望理由書(英語で1000ワード)を提出する。10月後半にある「Critical Thinking」(与えられた資料を理解し分析したうえで、自分の考えを表現する記述形式の審査)と呼ばれる英語の文章を読んで英語で答える試験を受ける。提出書類とこの筆記試験を突破したら、面接を受けて、合否が決まるというものだった。

 エッセーは、かなり苦労した。まず、1000ワードの文章を、今までに書いたことがなかった。なぜ志望したのかだけでなく、自分が、どのように学部に貢献できるかも書かなくてはならなかった。ALTやアメリカの友人などに手伝ってもらって推敲を重ね、仕上げた。

 筆記試験には、『Scientific American』を読んで準備した。数少ない、この学部の合格体験記に「『Scientific American』を読んで対策をした」と書いてあったので、買ってきて、読んでいった。元々得意ではない理科の話が多く苦戦したけれど、「世界の肥満」(食料の出入りが多くなり、肥満が増える一方、飢餓も増えている現象)というように、人文系の記事などもあり楽しく読んだ。

 今になってこの学部のAO入試過去問題集などが出ているけれど、私が受験した当時は出ていなかったので、手探りの状態だった。しかし、堅い文章を読むことに慣れていたおかげで、試験でも慌てずに済んだ。

 そして、筆記試験は合格。面接試験に進むことができた。対策としては面接で聞かれる質問を自分で考え、その答えを用意したりしていた。面接当日、自分より先に面接が終わった生徒達とすれ違った。会話の中にも普通に英語が入ってきて、「さすがだな」と思った。その年はアメリカで大統領選挙が行われていたので、それに関する意見を求められた、と話していた。そんなことが聞かれるのか、とかなり緊張しながら面接室へ向かった。日本人と外国人の教授2人による面接。志望理由、大学で勉強したい外国語、留学したい国などを聞かれて終了。色々難しいことを聞かれるかと思っていたので、あっけなく終わった。

 無事に合格し、3ヶ月の春休みゲット。予備校に行っていたわけではないので、家で勉強していた。この期間、少し苦労したけれど、受かることが出来てホッとした。この長い春休み中、AO入試の志望理由書を書くのを手伝ってくれた友達の家へ、遊びに行くことにした。ちょうど新しい大統領が決まり、1月の就任演説を見ることが出来た。自分へのささやかなご褒美だった。

 そして、4月から大学生生活が始まった。留学が必須の学部だけれど、行きたいと思った人の誰もが行けるわけではない。留学選抜試験というものがあり、人気の大学は競争が熾烈だ。最近はフランスも人気が出てきて、自分の狙っていた学校も競争が激しいらしい。この試験、GPA(成績)、語学力、志望理由書、教授からの推薦書を総合的に判断する。だから、入学してからの成績も重要になるのだ。だから、気は抜けない。

 また、授業も予想していたとおり大変だった。高校を卒業して、苦手な数学とようやく別れることが出来ると思っていたら、思わぬ形で再会することとなってしまった。私の学部では、かなり自由に科目をとることが出来る。しかし、例外があって、ライティングと統計学は全員必須だ。英語で数学を学ぶとは思っていなかったけれど、これには苦労した。

 1年生の時は、幅広く(最低3分野から)科目を取ることが義務づけられている。自分が何をやりたいかよく分からない私は、ジャーナリズム、ヨーロッパ事情、国際関係、アメリカ政治など様々な科目を取った。今では、自分のやりたいことがなんとなく分かってきて、国際関係の授業を多く取っている。

 授業のほとんどが、もちろん英語で行われる。それはたとえ教授が日本人であってもだ。予習も多いので、受験生の時と比べて睡眠時間が減った。AO入試では、1000ワードのエッセーに四苦八苦していた。しかし、授業で出される中間課題のエッセーにおいては、1000ワードが最低限であり、中には3000ワードのエッセーを求めてくる教授もいた。課題がない日でも、毎日リーディングの量が多い。1章を読んで予習をしてきて、それについて意見を述べて、先生がコメントをする、ということを繰り返す。中間にプレゼンテーションまたはレポートがあって、期末にテストという感じだ。他の学部では、期末試験一本勝負らしいけれど、私の学部では予習、中間、期末と常に忙しい。

 また、留学生も授業に多く参加していて、意見を発表しても、すぐに反論されることも多い。自分の発言に注文をつけられることに関しては、この2年間でかなり慣れた気がする。逆に、自分も相手に反論することも少しずつ出来るようになってきた。これには、まだ勇気がかなり必要だが。

 しかし、英語をハンデとしない帰国生が多いので、自分は彼らの倍の努力をしなくてはならないと思っている。また、韓国人や中国人などの外国人留学生も相当勉強してくるので、負けてはいられない。毎日が、家、大学、図書館の往復だ。それでも、テストやエッセーなどで良い点数を取るととても嬉しい。

 学校外の活動としては、アリアンス・フランセーズ(日仏学院)へも入学後、行き始めた。週1だが、宿題も出る。そこで、フランス語を勉強している。英語と異なり、名詞に性などもあり苦戦するが、英語の息抜きになってよいのかもしれない。

 忙しい大学の勉強とアリアンス・フランセーズと、日仏学院に通って多忙なため、サークル活動には属していない。もちろん、サークル活動に入っている学生をうらやましく思ったりすることもある。

 しかし、サークル活動の代わりに私は自由を手に入れることができたと思っている。授業がない日は身軽にどこへでも行ける。実際、昨年の冬にアメリカ人の友人が東京に来たときは、1週間東京の色々な場所を連れて回ることが出来た。サークルに入っていれば、休み中でも活動があるので、あまり自由がきかない、と聞く。そういったことを気にせずに色々歩き回れるのは、サークル活動に入っていないことによる自由だと思う。

 そして、入学後の秋には待ちに待った留学選抜試験が行われた。入学前は、漠然とフランス語圏であればよいなと思っていた。しかし、フランス語を勉強するうちに、フランスへ行きたいと思うようになった。入学前には、はっきりと決めていなかったが、色々調べて、留学地もフランスへと決めた。特に、フランスの政治学院で勉強したいと考えるようになった。

 私は早稲田の国際教養学部で国際関係を学んでいる。国際関係、と言っても日本の視点からの国際関係(日本人の教授が教えると)、または英語圏からの視点になってしまう。しかし、国際関係を知る上では、様々な視点から物事を見ることが必要だ。

 だから、フランスで、フランスまたはヨーロッパからの視点で国際関係を学びたいと思ったのだ。自分のやりたいことと照らし合わせて、フランス各地にある政治学院のうち3校を選んだ。書類選考、筆記試験を経て、無事に自分の第一志望であるパリ政治学院へ1年間交換留学ができることとなった。更に力をつけ、上を目指したいと思っている。

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